2019年2月17日日曜日

製薬業界の今後の方向性について


 OB訪問で、優秀な就活生さんから重要な質問を頂いたので、その回答を考えてみました。その質問とは、「薬価改定の頻度増加、米国の薬価引下げなどで、業界に対して風当たりが強くなる中、今後の製薬会社はどうなるのか?」という質問です。
製薬会社の社員として、行動の方向性を定めるためにも、明確な回答を持っておくべき質問だと思います。
同様の質問を、他のOBOG訪問でもされていて、回答を比較されているようで、その内容を教えて頂きました。例えば、某グローバル製薬会社の社員さんは「グローバルで考えれば、薬価が下がらない国は多くある。その国に売り付ければ良い。」と回答されたようです。グローバル企業らしい回答です。確かに現時点の売上だけを考えるのならば、一理あるのかもしれません。しかしながら、将来のことを考えると、どの国も薬価引下げの方向に進むと予想でき、そのグローバル戦略はいつか行き詰ると私は考えています。
日本の薬価引下げの圧力は、高齢者人口の増大や医療技術の高度化などによる、保険財政の悪化によって生じています。保険財政の悪化(もしくは患者負担の増加)は、日本だけの問題ではなく、どの国でも生じ得る問題です。少し古いデータですが、医療費のGDP比率が各国で増加し続けています(図)。保険財政の持続性という意味では、医療費増額の分だけ、GDPも増加していれば良いのですが、それも厳しいというのが現状です。

https://answers.ten-navi.com/pharmanews/7485/から引用

 各国の保険財政の悪化を考えると、医療費削減や薬価引下げの流れは必然です。つまり製薬会社の“売上”が増加するとは考えづらい状況です。しかしながら、製薬会社には「患者さんの生命を守る」という重要な使命があり、患者さんの希望のためにも、無くすことができない業界です。会社が存続して、持続的に創薬するには、“利益”が必要です。ですので、製薬業界の今後の方向性としては…

利益 = 売上 - 原価

 『“原価”を徹底的に削減する』ことが非常に重要になります。
“原価”を削減できれば、同時に薬価も下がりますが、製薬会社は利益を得ることができ、患者さんは自己負担が減り、国は保険財政の面で助かります。いわゆる、近江商人の経営哲学でもある、売り手良し、買い手良し、世間良しの「三方よし」を実現できます。
 それではどのように原価を落とせばよいのでしょうか。原価の中で最も多くの費用がかかっているのは「研究開発費」です。タフツ大学の調査によると、2010年代中期には、新薬を一つ作るのにかかる研究開発費は約2500億円(1ドル=100円で計算)で、その中でも「臨床試験費」は約1500億円です。臨床試験の通常の期間が5年前後だと考えると、1年短縮できれば、単純計算で300億円が削減できます。一方で、人件費は、1000万円プレイヤー100名を解雇したとしても、10億円/年の削減にしか繋がりません。つまりは臨床試験などの期間を短縮することの方が大事です。
 臨床試験の期間を短縮するにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、定型業務の処理を速めたり、そもそもの業務量を減らすことなどが考えられます。定型業務の処理を速めるには、多くの臨床試験を実施してノウハウが蓄積したCROに任せるのが良いかと思います。一方で、そもそもの業務量を減らすには、複雑な意思決定が求められるので、会社の業績のためにリスクを取れる、社員が担うべき仕事なのだと思います。

 一方で、日本市場では原価を削減するメリットがないのでは、という意見もあるかと思います。その根拠としては、日本の新薬の値段の決まり方は「原価計算方式」を主に使用している点が挙げられます。この計算方式では、製造原価や、それまでに投資した研究開発費などに、利益率を上乗せして決まっています(図)。つまり、研究開発費でいくら経費が発生しようとも、その分だけ薬価に反映されるので、経費を削減しても製薬会社の利益に繋がらないのではないか、という意見です。

②薬価算定方式の正確性・透明性について 原価計算 - 厚生労働省から引用

その意見に対して、日本市場で原価を削減する3つのメリットをお示しします。まず売上規模が拡大したときに薬価が強制的に下げられる「再算定制度」を避けられる点です。また新薬の利益率は、国が算定して薬ごとに異なりますので、国策に合う取組みを実施する製薬会社が不利に扱われることはないと予想される点です。最後に、新薬は人種差を除けば世界に貢献できるグローバル事業であり、日本市場での原価削減の努力はグローバル市場でも活かされる点です。

 ですので、製薬業界の今後の方向性については、“原価”を徹底的に削減することが大事になります。日々の業務や、業界の勉強をしていますと、“原価”を削減できる箇所はまだまだあると感じます。創薬の成功確率を向上させつつも、削減できる箇所は削減するという、メリハリが求められます。そのためには、適切な経営判断と、現場のカイゼンが必要なのかもしれません。

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